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純粋に萌えを楽しめなくなったのかもしれない。

 ひどく悲しい気持ちですがこんばんは、キノセイです。

 

 これが成長、大人になったと言うのならば大人になんかなりたくなかったと断言します。

 

 今日ふと「這いよれ!ニャル子さん」のアニメを見ようと頭の中に電波を受信しました。特に受信拒否する必要もなかったので電波に従い見始めました。

 見始めは「あ~心がにゃるにゃるするんじゃ~」とらりらりでした。

 

 しかし、だんだんと見ているうちに何故か心が苦しくなってきました。恋か? と思いましたがどうやら違うようです。心苦しさは次第に悲しさに変化していきました。

 7話で主人公とニャル子さんがいちゃいちゃしはじめたところで悲しさはピークを迎えます。8話を見る事は叶いませんでした。

 

 悲しみにくれた自分は原因をのっそりと考えました。結果、<現実との差>をリアルに感じてしまったからではないか、と考えました。

 高校を卒業し、進路を決めていないこの状況。純粋ににゃるにゃるできた2年前よりは大分<現実>と言うモノを見、考える事が増えました。

 

 2年前はまだ希望があったのでしょう。何の疑問も無く主人公を自分に重ねてにゃるにゃるしていました。

 ただ今は、アニメの主人公と自分を重ねる事ができずに、心の奥底で「この主人公はお前じゃないんだよ。お前に希望は無いんだ」と叫んでいる気がします。

 

 悲しい。

 

 数少ない救いがまたひとつ溶けて消えてしまったような気がします。

 

 良く言えば現実が見えてきた、地に足がついている。

 悪く言えば夢を見難くなった、覚めてしまった。

 

 これが大人になるという事ならば、自分は「大人になんかなりたくなかった」と断言します。

 

 自分は現実なんか見たくない。子供のように<ただ生きているだけで許される世界>を自分の中につくっていたかった。ちくしょう。

 

 ニャル子さんも可愛いけどクー子の方が好きです。

 

 それではノシ

愛をください。

 周りから見たら歪んでても自分の主観ではとても正しい世界だから人間は楽しいしめんどくさいなあと思いますがこんばんは、キノセイです。

 

 自分はいまだに彼女いない歴=年齢の童貞です。なんか最近は「まあこんなもんだよな」と妥協のような諦めも入ってきました。そんなもんですよね。

 

 彼女がいたことが無いので、親以外からの愛を受け取る機会がほとんど無かったわけです。女の子と手をつないで下校ーお店でキャッキャウフフダイスキーなんて経験が皆無なわけです。似たような状況はありましたが。同世代近くの女の子から恋愛感情的な愛を貰ったことが無いのです。

 

 それをこじらせた結果なのか元からこういう性格なのか、いつからか愛を求める人間になっていました。彼氏彼女と言う関係もお互いが好き合っていなければ意味が無いと思っていたり、自分を愛でもって殺してくれる人が良いなあと思ったり。

 殺してくれるほど愛をくれたら幸せじゃないですか。生きた価値があるってもんですよ。

 

 きっと未来は白いなあと思います。何もできないだろうなあ。

 

 自分が納得できれば良いのです。

 

 それではノシ


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